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おかやまの植物事典

イヌノヒゲ(ホシクサ科) Eriocaulon miquelianum

日当たりのよい草地に生育する。秋の七草には詠まれていないものの、秋の風情を感じさせる代表的な草本。 総苞片は頭花よりはるかに長い。当園のものは頭花に棍棒状の白色短毛が多い「シロイヌノヒゲ」タイプ。
▲秋の湿原に咲く湿性植物。科名はこの仲間の白い頭花を星に例えたもの。一面に咲く様子は満天の星空のよう。 ▲総苞片は頭花よりはるかに長い。当園のものは頭花に棍棒状の白色短毛が多い「シロイヌノヒゲ」タイプ。

 

イヌノヒゲは、北海道から九州、国外では朝鮮半島南部(韓国)、中国に分布する1年草で、日当たりがよく、やや貧栄養な湿地やため池の岸など、雨が降ると一時的に水没するような湿った場所に生育します。植物体の大きさは生育する環境によってかなり幅があり、葉は地際から叢生(根際から束のようになって生える)し、線状披針形で、長さ6~20cm、幅1~5mmです。葉脈はイネ科やカヤツリグサ科のような平行脈のように思えますが、葉を光に透かして観察してみると、7~9本の縦の脈に仕切りのような横の脈があって格子状となっているのがわかります。

葉と花茎は地際から叢生する。個体のサイズは生育環境によって大小さまざまである。 葉を光に透かした状態。イネ科やカヤツリグサ科の葉に似た線状披針形だが、葉脈は平行脈ではなく格子状。
▲葉と花茎は地際から叢生する。個体のサイズは生育環境によって大小さまざまである。 ▲葉を光に透かした状態。イネ科やカヤツリグサ科の葉に似た線状披針形だが、葉脈は平行脈ではなく格子状。

 

花は8~9月頃、5~40cmほどの花茎の先に半球形の頭花(タンポポなどのように、小さな花が集まって一つの花のようになっているタイプの花)をひとつ着けます。頭花の直下には線状披針形~倒卵形の緑色の総苞片がぐるっと取り巻くようについています。この総苞片は科名となっているホシクサ E. cinereum や東海地方に分布するシラタマホシクサ E. nudicuspe などでは頭花より短いため、頭花は球状にみえますが、本種の総苞片は頭花よりはるかに長くなっており、緑色の花びらをもったタンポポ状の花のようにも見えます。頭花の花苞、萼片、花弁上部には、白色で棍棒状(太く先端が丸い)の短毛がありますが、短毛の量には変異が多く、かつては短毛が少ないタイプをイヌノヒゲ、多いタイプを シロイヌノヒゲ E. sikokianum として分けていましたが、現在ではどちらのタイプも本種の種内変異として、分けない考え方が主流になっています。種子は秋~晩秋頃に熟します。総苞片は果期にも宿存するため、花期とぱっと見はほとんど変化がありません。果実は1~3個の種子があり、乾燥することによって割れ、種子を散布する蒴果です。種子は白色~薄茶色をしていて、やや透明感があります。表面には網目状の模様があり、先がT字型になった毛が生えていますが、非常に微小なため、ルーペではなく、実体顕微鏡での観察が必要です。

果期にも総苞片は宿存する。果実は1~3室ある蒴果。種子は約1mm、俵型で透明感があり白色~薄茶色。 茎はらせん状にねじれている。細い花茎を直立させるため、強度を上げる効果があると思われる。
▲果期にも総苞片は宿存する。果実は1~3室ある蒴果。種子は約1mm、俵型で透明感があり白色~薄茶色。 ▲茎はらせん状にねじれている。細い花茎を直立させるため、強度を上げる効果があると思われる。

 

また、花茎には4~5本の肋(すじ状の凸凹)がありますが、ルーペなどでよく観察してみるとらせん状にねじれていることがわかります。ルーペで観察することが難しい場合には、花茎を指でしごいてみると、頭花の部分がくるくると回りますので、ねじれていることを確認することができます。昆虫の訪花や種子散布のためには、他の植物より高い位置に花や果実をつける方が有利と考えられますが、本種が生育するような貧栄養の湿地環境では、草丈を高くするため、茎を太く丈夫につくるのは、多くの養分が必要となるため難しく、できるだけ少ない養分(栄養資源)で花茎を倒れることなく長く直立させる必要があります。そこで本種の仲間は、柔らかいティッシュペーパーを捩じってこより状にするように、花茎を捩じることで強度を高め、花茎を太くすることなく強度を保って直立できるようにしていると考えられます。

和名は「犬の髭」で、細く尖った総苞片(あるいは株全体の姿)の様子を犬のヒゲに例えたものとされます。現代では犬のヒゲはあまり意識されていないようで、イラストなどでヒゲが描かれているものはほとんどありませんが、江戸時代の頃の犬の絵をみると、はっきりした放射状のヒゲが描かれていることが多く、昔の人は犬のヒゲを現代人よりもはっきり認識していたことがうかがえます。ちなみに、カヤツリグサ科の植物には本種と同じような貧栄養な湿地に生育するイヌノハナヒゲ(犬の鼻髭)という仲間があり、本種と同所的に生育する上、どちらの近縁種も「〇〇イヌノヒゲ」、「〇〇イヌノハナヒゲ」といったようによく似た和名のものが多いので、植物名を覚える際には混乱しやすい植物です。なお、科の和名の「ホシクサ」は「干し草」ではなく、白い頭花を夜空の星に例えた「星草」を意味します。正確には、近縁種のホシクサなどの球状の頭花を星に例えたものですが、本種が湿地に咲く様子も、まるで満天の星空や、天の川のように見え、本種も「星の草」と呼ぶにふさわしいように思えます。

(2018.10.13)

江戸時代の本に描かれた犬。総苞片を「犬の髭」に例えた。(曲亭(滝沢)馬琴 著「南総里見八犬伝」挿絵/画像は国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/ より転載) カヤツリグサ科の「イヌノハナヒゲ(犬の鼻髭)」。本種と同じく湿地に生える植物のうえ、近縁種の和名も類似したものが多く、ややこしい?
▲江戸時代の本に描かれた犬。総苞片を「犬の髭」に例えた。(曲亭(滝沢)馬琴 著「南総里見八犬伝」挿絵/画像は国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/ より転載) ▲カヤツリグサ科の「イヌノハナヒゲ(犬の鼻髭)」。本種と同じく湿地に生える植物のうえ、近縁種の和名も類似したものが多く、ややこしい?

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