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おかやまの植物事典

ヤチシャジン(キキョウ科) Adenophora palustris

環境省レッドリスト(2007):絶滅危惧ⅠA類 / 岡山県レッドデータブック(2009):絶滅危惧Ⅰ類

茎は枝分かれせず、花の柄もごく短いので茎に直接花がついているように見える。 花はツリガネニンジンほど細長くなく、一つの花だけ見れば、色の淡いキキョウのようである。
▲茎は枝分かれせず、花の柄もごく短いので茎に直接花がついているように見える。 ▲花はツリガネニンジンほど細長くなく、一つの花だけ見れば、色の淡いキキョウのようである。

 
ヤチシャジンは湿地に生える多年草で、茎は直立し高さ50cmほどになります。7月下旬から8月頃、茎の上部に数個づつかたまった花芽をまばらにつけ、淡紫色の花を穂状に咲かせます。ヤチシャジンとは「谷地沙参」と書き、谷地(湿地)に生える沙参(ツリガネニンジンの仲間)という意味です。中国大陸・朝鮮半島から国内では広島・岡山・愛知・岐阜県のみに分布する希少な植物で全国的に絶滅に瀕しており、環境省のレッドリスト(2007)では、最も絶滅の恐れが高い「絶滅危惧ⅠA類」にランクされています。岡山県では「絶滅危惧Ⅰ類」とされていますが、近年は野生個体が確認されておらず、このまま確認されなければ、岡山県では、いずれ「絶滅」として扱われることになります。

ヤチシャジンの葉は質が固く(革質)、茎葉(茎についている葉)は、柄がなく卵形~長楕円形、細かな鋸歯(葉のふちのギザギザ)があり、キキョウの葉に似た印象です。しかし根から直接生える根生葉は、まったく形が異なり、ツボクサやカキドオシといった他の植物に似た丸い形をしています。このような葉の形の違いは同じ仲間のツリガネニンジンなどでも見られ、植物の調査時にはなかなか思い出せずに苦労することがあります。

茎の葉には柄がなく、卵形~長楕円形で細かな鋸歯がある。 根生葉は、質感は異なるが、茎葉とは形が全く違い、ツボクサやカキドオシのような丸い葉となる。
▲茎の葉には柄がなく、卵形~長楕円形で細かな鋸歯がある。 ▲根生葉は、質感は異なるが、茎葉とは形が全く違い、ツボクサやカキドオシのような丸い葉となる。

 

また、一般の方はほとんど観察する機会はないと思いますが、根も面白い形状をしており、太い主根から細い根が何本も伸び、その先がニンジンのように太ります。太いニンジンに糸でつながった小さいニンジンが何本もぶら下がっている状態ですが、この子ニンジンのみをポットに植えると上部から発芽し、簡単に苗を増やすことができます。乾燥した場所に生育するキキョウやツリガネニンジンの根はこのような形態は見られず、不安定な湿地という環境に生育するヤチシャジン独自の適応と考えられます。また、太くなった根には何重にもなった横方向の深いしわが見られます。このしわは前述の若い根には見られません。おそらくは、根自身が収縮することで、地中に自らを引き込む「牽引根」と呼ばれるタイプの根であると考えられます。「牽引根」は、球根を持つ植物など他の植物にも見られますが、球根を持つ植物では、根が収縮することで球根を地中に引き込むのですが、本種の場合は、根が地表に露出してしまった際に、地中に根自体を戻すという、子ニンジンを作ることと同様の湿地という不安定な環境への適応だと思われます。

根は、太い主根に、先が人参のように太った小さな根がいくつもぶら下がったような姿をしている。 太くなった根には何重にもなった横方向の深いしわがみられる。収縮することで、自分自身を地中に引き込む「牽引根」の役割があると考えられる。
▲根は、太い主根に、先が人参のように太った小さな根がいくつもぶら下がったような姿をしている。 ▲太くなった根には何重にもなった横方向の深いしわがみられる。収縮することで、自分自身を地中に引き込む「牽引根」の役割があると考えられる。

 

地下部の仕組みからは、何重にも湿地の環境に適応した性質を持っていることがうかがえて、なぜ本種が絶滅に瀕しているのか、不思議に感じられますが、栽培してみると、実は根茎は湿地に生育する植物にも関わらず、大変「水に弱い」ことが分かります。根が水に浸かってしまうような状態だと、たちまち根ぐされを起こして枯れてしまいます。逆に少しでも水が切れて乾燥するような状態でも枯れてしまいます。つまり、雨が降って湿原の水位が上昇しても水に浸からず、降雨が少ない状況が続いても乾燥せず、常に地下から一定の水分が上がってくるような、湿原の中心部ではなく周辺部の、きわめて限られた水環境の場所にだけ生育可能な植物であると言えます。本種は、成長すると茎がつるのように長く伸び、倒伏してしまうことがありますが、おそらく、周囲が比較的草丈が高い場所で、他の草に寄りかかりながら茎を高く伸ばすための性質であると推測されます。栽培環境下では、腰水栽培などで容易に水位の調整が可能ですが、野外、特に自然状態の湿地においてそのような安定した環境を維持する/作り出すことは非常に難しく、本種の野生個体の存続を難しいものにしています。

現在、当園で栽培しているヤチシャジンは、1990年ごろに岡山県と広島県の県境付近で採取した種子から実生苗を育てたものです。残念なことに採集地点がわずかに広島県側に越えた場所であったため、「岡山県産」ではありませんが、岡山県側にかつて自生したものと同一集団と考えられるため、一部を岡山県自然保護センターに寄贈するなどして保護活動を行っています。なお、元々生育していた湿地は既に残土処理場などとして開発されたため、すでに消滅してしまっています。


(2015.08.16)

 

ヤチシャジン ヤチシャジン
ヤチシャジン ヤチシャジン


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