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おかやまの植物事典

ハハコグサ(キク科) Gnaphalium affine

春、茎の頂部に多数の黄色の頭花を咲かせる。花後には綿毛ができ、種子を散布する。 全体に白い綿毛で密に覆われる。黄色の頭花を人形の頭部に見立て「形代=御形」としたとも。
▲春、茎の頂部に多数の黄色の頭花を咲かせる。花後には綿毛ができ、種子を散布する。 ▲全体に白い綿毛で密に覆われる。黄色の頭花を人形の頭部に見立て「形代=御形」としたとも。

 

ハハコグサは、日本全国の日当たりが良く草丈の低い草地や路傍、田畑やあぜなどに生育する越年草(芽生えの状態で年を越し春以降に開花結実し枯れる)です。国外は朝鮮半島から中国、東南アジアからインドにかけて広く分布します。高さは15~40cmになり、水分や養分の条件によっては地際から多数分岐し、直径30cmほどの株になることもあります。葉は長さ2~6cm、幅0.5~1cm程度のへら形で互生し、基部はやや茎を抱く形になります。植物体全体が白い綿毛に密に覆われており、葉の両面も毛に覆われて白く見えますが、生育状態、時期によって毛の密度は若干変化し、大きく成長したものや、花期の終わりごろ、古くなった葉などは毛の密度が薄くなることがあります。花は普通4~6月頃(場合によっては秋にも咲く)、短く分枝した茎の頂部に黄色の小さな頭花を多数咲かせます。花は両性花と雌花があり、両性花は筒状、雌花は糸状で、はっきりした花びらはありません。花後には小さな綿毛を作り、風によって果実を飛ばして散布します。

ハハコグサとは「母子草」と書きますが、白い毛で覆われていることから、毛が毛羽立った様子を表す「蓬(ほお)ける」から「ほおけぐさ」が転じたとも言われます。また、赤ん坊のそばに置いて災難を代わりに受ける身代り人形(=形代)が這う子供の姿をしており、人形を用意できない庶民が本種を人形の代わりとして用いたことから「這う子(はうこ)ぐさ」あるいは母と子の身代りであることから「母子草」と呼ばれるようになったとの説もあります(湯浅浩史(1993)『植物と行事 その由来を推理する』朝日新聞社(朝日選書478))。この説は形代としての用途から、「御形(代)」とも本種が呼ばれていたと考えることができ、同時に春の七草での本種の呼び名「おぎょう」の名の由来の説明ともなっています。

 

痩せた環境では株立ちとはならず、葉も細い状態で生育することが多い。 水分や養分条件の良い環境では地際より分岐して大株となるが、他の植物との競合には弱い。
▲痩せた環境では株立ちとはならず、葉も細い状態で生育することが多い。 ▲水分や養分条件の良い環境では地際より分岐して大株となるが、他の植物との競合には弱い。
   
田のあぜに群生するハハコグサ。農業形態の変化などによって、このような群生は珍しくなった。 1月7日頃の様子。直径3cmほどのロゼット状の株である。新芽の部分は真っ白に綿毛に覆われている。
▲田のあぜに群生するハハコグサ。農業形態の変化などによって、このような群生は珍しくなった。 ▲1月7日頃の様子。直径3cmほどのロゼット状の株である。新芽の部分は真っ白に綿毛に覆われている。

 

人里の耕作地近辺に生育する植物であるため、古い時代に大陸から朝鮮半島を経由して麦作とともに伝来した史前帰化植物(農耕文化とともに古い時代に伝来したと考えられる植物のこと)であるともいわれます。人の暮らしにも古くから利用されており、春の七草の1種として、本種を「七草粥」に入れて食べることは良く知られていますが、古くはもち米と一緒に搗きこみ、草餅としました。現在、「草餅」といえばヨモギを搗きこんだヨモギ餅ですが、かつては様々な植物が利用されていたようです。岡山県の蒜山地域では、昭和中期ごろまで、ハバヤマボクチが「ほうこあざみ」と呼ばれて用いられ、この草餅を「ほうこ餅」と呼んでいました。ホクチアザミ、キクバヤマボクチなどの他のアザミ類、エビヅル、ヤマブドウなど葉裏に毛のあるブドウ類の新葉も利用されていたようです。以前、本種を搗きこんだ「ほうこ餅」をつくってみたことがありますが、少し柔らかい風味になったような気がするぐらいで、色も風味も取り立てて良いものではありませんでした。おそらく、古い時代にはモチ米の粘りが弱かったために、ハハコグサなどの毛のある植物を一緒に搗きこむことで「つなぎ」として利用したのでしょう。モチ米の品種改良が進み、つなぎが無くとも良く粘る餅ができるようになると、草餅は色や風味を楽しむものとなり、江戸時代中期ごろには草餅と言えばヨモギを使うようになり、本種を使った「ほうこ餅」は作られなくなったようです。

本種はレッドデータ種ではありませんが、耕作地の管理方法の変化などによって、かつて良く見られたような群生には出会うことがなかなか難しくなりました。近年はウスベニチチコグサなど近縁の帰化植物が勢力を拡大しており、春の七草の時期には間違えて採集されている方も良くおられるようです。当園内にも本種が自生していますが、他の草本との競合などによって少なくなってしまっており、再び増えるように注意して園内の管理を行っています。

 

ハハコグサの葉を搗きこんだ「ほうこ餅」。古い時代のもち米は粘りが少なく、つなぎとして毛のある様々な植物が用いられた。 帰化植物のウラジロチチコグサのロゼット。岡山県下では帰化チチコグサ類が増え、ハハコグサよりもよく見かけるようになりつつある。
▲ハハコグサの葉を搗きこんだ「ほうこ餅」。古い時代のもち米は粘りが少なく、つなぎとして毛のある様々な植物が用いられた。 ▲帰化植物のウスベニチチコグサのロゼット。岡山県下では帰化チチコグサ類が増え、ハハコグサよりもよく見かけるようになりつつある。

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