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| ▲水底に根をはり、水面に葉や花を浮かべる浮葉植物。 日本のスイレン属の植物は本種と北海道に1変種があるのみ。 | ▲岡山県下では葉は大きくても長さ10cm、幅8cm程度。 生育環境や時期によっては、写真のように葉に模様が出ることも。 |
ヒツジグサは日本全国の貧栄養~中栄養の池沼、湿原の池塘などに生育する多年生の浮葉植物です。 国外ではヨーロッパや東アジア、インド北部、北米など北半球に広く分布します(角野康郎 著.2014.ネイチャーガイド 日本の水草.文一総合出版.p.50/大橋広好・門田裕一ほか編.2015.改訂新版 日本の野生植物1.平凡社.p.48)。 岡山県でもほぼ全域に分布しています。 なお、庭園の池や、場合によってはため池などにも植栽される園芸のスイレンはすべて外来種(日本で交配・作出された園芸種含む)であり、日本在来のスイレン Nymphaea 属の植物は、本種以外には、北海道に分布する変種 エゾベニヒツジグサ N. tetragona var. erythrostigmatica のみです。
本種は分布域が広く、また、比較的幅広い水質の環境に生育することから、環境省のレッドリストには入れられていませんが、生育場所であるため池などの開発や水質悪化などに加え、アメリカザリガニやコイなどによる食害によって全国的に減少傾向にあり、都道府県レベルでは、絶滅あるいは絶滅危惧種となっている場合も多くあります。 岡山県においては、山間のため池や湿原など比較的安定して生育が見られる場所が多く残っているため、レッドデータ種とはなっていませんが、ため池の管理停止や埋め立てなど開発、湿原の乾燥化、外来種の侵入などによって、岡山県下においても生育地点は徐々に減少していると考えられます。
水底の泥中の塊状の根茎から白く太い根を出し、水面に楕円形~卵形の葉を浮かべます。 葉の大きさは長さ5~30cm,幅4~24cm、北日本に行くほど大きくなる傾向がある(角野.2014)とされますが、岡山県下では大きいもので長さ10cm、幅8cm程度です。 葉の基部は深い心形(切れ込んだ形状)となります。 葉の表面は普通、光沢のある緑色ですが、生育環境や時期によっては表面に迷彩柄のような黒っぽい斑が出る場合があります。 葉裏は赤紫色をしています。
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| ▲開花1日目(雌性期)の花。 中央の柱頭盤の周囲に半円状の柱頭、その周りに偽柱頭、さらにその周囲に雄しべがある。 | ▲開花2日目、あるいは3日目(雄性期)の花。 雄しべが内側に屈曲している。 偽柱頭も内側に屈曲し、柱頭を覆っている。 |
岡山県での花期は概ね6~10月頃ですが、盛夏に水温が高くなると開花が一時的に見られなくなる場合があります。 花は直径4~7cm、一番外側に緑白色の4枚のがく片があり、その内側に多数の白色の花弁があります。 花の中央には黄色の柱頭盤があり、その周囲に半円状の柱頭があります。 さらにその周りには偽柱頭と呼ばれる器官があり、さらにその外側に多数の雄しべがあります。 花は2~3日間、昼過ぎに開花し、夕方に閉じる開閉を繰り返しながら開花します。 花は雌性先熟で、開花1日目は雄しべの葯は花粉を出さず、外側に開いた状態で、花中央の柱頭盤が見える状態ですが、2日目には雄しべの葯が裂開して花粉を出し、花中央に向かって屈曲します。 この時、偽柱頭も一緒に屈曲して柱頭を覆っています。 これは自家受粉を避けるための仕組みだとされますが、1株のみでも結実はみられるため、自家不和合性があるわけではないようです。 開花終了後は花柄がらせん状に巻いて縮むことで、花は水中に沈み、果実は水中で熟します。 果実はがく片に包まれた状態で、直径1.5~2cmほどの球形で緑色、熟すと果皮がとけるように裂開し、内部からスポンジ状の種衣とよばれる仮種皮に包まれた種子が放出されます。 種子は水面に浮いて拡散し、やがて種衣が外れると水中に沈みます。 種子は直径6~8mmの俵形、表面は光沢があり、格子状の模様があります。
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| ▲花後、花柄はらせん状に巻いて縮み、花は水に沈む。 果実は緑色で球形、直径1.5~2cmほど。 水中に沈んだ状態で熟す。 | ▲果実が熟すと、果皮がとけるようにして裂開し、内部から種子が放出される。 種子はスポンジ状の種衣で水に浮いて拡散する。 |
和名は「未草」で、本種が「未の刻」(午後2時頃)に開花することから、とされます。 しかし、1709(宝永6)年の貝原益軒「大和本草」の「睡蓮(ヒツシクサ)」の項には、「ヒツシクサハ京都ノ方言ナリ 此花ヒツシノ時ヨリツホム」とあり、本当にそのように信じられていたのか、貝原益軒の勘違いなのかは不明ですが、「未の刻に花がしぼむので未草」とされています。 この真偽を確認したのは、かの牧野富太郎博士で、1933(昭和8)年9月、京都府南部にあった巨椋(おぐら)池に小舟を浮かべ、本種の開花の様子を一日中観察して「午後二時ニ至リ殆ンド正開シ遠近ノ花皆葩(はな)ヲ展ベルニ至ツ夕」と、「未の刻に開花する」ことを報告しています(牧野富太郎.1934.断枝片葉(其六十七).植物研究雑誌No.10(2):p. 127-128)。 なお、水温や日照などの条件により、正午前から開花する場合もあります。 また、「未草」は日本でつけられた和名で、漢名(中国名)は「睡蓮」であり、開花期間中は夕方に花をとじ(眠る)、翌日再び花を開くことに由来するようです。 また、属の学名の Nymphaea は水の精(ニンフ) nympha 、種小名 tetragona は、本種の花托(がく片の付け根)が正方形であることから、「4角」を意味するラテン語 tetragonus に由来します(田中秀央 編.1952.羅和辞典.研究社.p.629)。
(2025.10.12)
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| ▲種子は種衣とよばれる仮種皮に包まれている。 長さ6~8mmほどの俵形、光沢があり、表面には格子状の模様がある。 | ▲ため池で繁茂する園芸スイレン。 「睡蓮」の名は、日本では外来種である園芸スイレンを指すが、本来はヒツジグサの漢名である。 |