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おかやまの植物事典

ミズトンボ(ラン科)  Habenaria sagittifera

環境省レッドリスト2020:絶滅危惧Ⅱ類 / 岡山県レッドデータブック2020:準絶滅危惧

日当たりの良い湿地に生育して時に群生するが、花が緑白色ということもあり、あまり目を引く植物ではない。 花は径8~10mmほど。もっとも後方で左右に張り出していて緑色の濃い部分は側萼片。黄赤色の部分が葯。
▲日当たりの良い湿地に生育して時に群生するが、花が緑白色ということもあり、あまり目を引く植物ではない。 ▲花は径8~10mmほど。もっとも後方で左右に張り出していて緑色の濃い部分は側萼片。黄赤色の部分が葯。

 

ミズトンボは、北海道から九州にかけての日当たりの良い湿地に生育する、高さ40~70cmほどになる多年草です。国外では中国大陸の東北~東南部にかけて分布します。

花期は7~9月とされますが、当園(岡山県南部)での花期は8月下旬~9月中旬で、直立した茎の上部に直径8~10mmほどの緑白色の花を多数、総状に咲かせます。草丈だけみれば湿地に生育するランとしては比較的大型の部類で、湿地の環境によっては群生しますが、、花が小型で、花色もあまり目立たないこと、周囲の他の草本が茂っている時期に咲くため、群生状態でもそれほど目を引くことはないようです。

花のもっとも後方で左右に張り出している部分は側萼片で、ふつう、他の部分より濃い緑色を帯びています。花の中央にある白い部分は直立した背萼片と側花弁からなり、黄赤色の部分は花粉塊が納まった「葯室」で、カタツムリの目のように突き出している部分の先端にある粘着体が訪花した昆虫の体について、細い柄で繋がっている花粉塊が引き出されて運ばれる仕組みになっています。この送粉形態そのものはラン科の植物の多くに共通した特徴ですが、興味深いことには、本種の主な送粉者はヤガ科のガなのだそうです(Sakagami, K., Sugiura, S. 2019.Noctuid moths as pollinators of Habenaria sagittifera (Orchidaceae): floral adaptations for the transfer of pollinaria on the thoraxes of moths. Sci Nat 106, 58.)

花粉塊には先端に粘着体のついた柄があり、訪花昆虫の体にくっ付いて引き出され、運ばれる仕組み。 花の下部に垂れ下がっている淡黄緑色で十字型の部分が唇弁。先端が丸く膨らんでいる棒状の部分が距。
▲花粉塊には先端に粘着体のついた柄があり、訪花昆虫の体にくっ付いて引き出され、運ばれる仕組み。 ▲花の下部に垂れ下がっている淡黄緑色で十字型の部分が唇弁。先端が丸く膨らんでいる棒状の部分が距。

 

柱頭(雌しべ)は比較的短く、葯の下部にあってわずかに突き出しています。花の下方に垂れ下がっている淡黄緑色をした十字形の部分は唇弁で、長さ2cmほどもあります。唇弁の背後には、先端が球状に膨らんだ細長い「距」が伸びています。距の内部には蜜がたまっており、匂いで昆虫を引き寄せます。

葉は長さ5~20cm、幅3~6cmの線形で茎の下半部に数枚つき、基部は鞘状になって茎を抱きます。茎上部の葉は小さく、鱗片状になります。また、地下には少数のやや太い根と俵形の球茎がありますが、秋頃になると短い地下茎の先に新たな球茎を形成し、栄養繁殖を行います。

葉は長さ5~20cm、幅3~6cmの線形で茎の下半部に数枚つき、基部は鞘状になって茎を抱く。 地下には少数のやや太い根と俵形の球茎があり、短い地下茎の先に新たな球茎を作って栄養繁殖を行う。
▲葉は長さ5~20cm、幅3~6cmの線形で茎の下半部に数枚つき、基部は鞘状になって茎を抱く。 ▲地下には少数のやや太い根と俵形の球茎があり、短い地下茎の先に新たな球茎を作って栄養繁殖を行う。

 

和名は「水・蜻蛉」で、水のある所に生育するトンボソウ(蜻蛉草)を意味します。トンボとは、花の形状、咲いた様子などを昆虫のトンボが群れ飛ぶ様子に例えたもので、トンボソウ Platanthera ussuriensisなど、おもにツレサギソウ属の植物に○○トンボなどの名がありますが、本種は別属(ミズトンボ属)に分類されます。面白いことに、本種の花を正面から見て、側萼片をトンボの複眼に、白色の背萼片と側花弁、葯室を大あごの部分に見立てるとトンボの顔に見えてきます(直接の和名の由来ではないので注意)。

トンボソウの花。花の形や咲いた様子などが昆虫のトンボが群れ飛ぶ様子を思わせることからその名がある、 サギソウ。かつては本種と同じく「絶滅危惧Ⅱ類」だったが、保護活動が盛んになった結果、ランクが下げられた。
▲トンボソウの花。花の形や咲いた様子などが昆虫のトンボが群れ飛ぶ様子を思わせることからその名がある、 ▲サギソウ。かつては本種と同じく「絶滅危惧Ⅱ類」だったが、保護活動が盛んになった結果、ランクが下げられた。

 

他の湿生植物の多くと同様に、本種も生育地である湿地の開発や乾燥化による消滅によって絶滅が危惧されていますが、1997年に発表された環境省の第2次レッドリストでは、本種と同じく良好な湿原植生の場所に生育する湿生ランで、同じ湿地に生育することも多いトキソウ Pogonia japonica、サギソウ Pecteilis radiata と共に「絶滅危惧Ⅱ類」とされていましたが、2000年の第3次レッドリストでは、トキソウとサギソウは各地で保全活動が行なわれた結果、「準絶滅危惧」にランクが下がったのに対して、本種を保護対象とした保全活動はそれほど盛んでないためか、本種はランクが据え置かれています。

当園の湿地エリアの湿地には、植物園として整備される前から本種が自生しており、現在では秋になると1,000株以上が咲き乱れ、岡山県下でも随一の群生地となっています。

(2021.8.22)

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