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おかやまの植物事典

サクラソウ(サクラソウ科)  Primula sieboldii

環境省レッドリスト2020:準絶滅危惧/岡山県レッドデータブック2020:絶滅危惧Ⅰ類

春、サクラの花を思わせる花を花茎の先に数個から十数個咲かせる。 他の植物に先駆けて開花・展葉し、夏には葉を枯らして休眠に入る「春植物」である。
▲春、サクラの花を思わせる花を花茎の先に数個から十数個咲かせる。 ▲他の植物に先駆けて開花・展葉し、夏には葉を枯らして休眠に入る「春植物」である。

 
サクラソウは、北海道から九州南部までの湿り気の多い草地に生育する多年草で、4~5月頃、葉と同時に20cmほどになる花茎の先に数個から十数個の淡い紅紫色の花を咲かせます。花がサクラを連想させる形であることから、「桜草」とその名がついています。本種は春、周囲の落葉樹が芽吹いて展葉する、あるいは草本が芽生えて大きくなるまでの、太陽光が地面まで直接届くわずかな期間に開花・展葉を行い、周囲の植物が成長し繁茂する夏までに結実した後は、地上部を枯らして、翌春まで長い休眠に入ります。このような春にだけ姿を現す草本を「春植物/スプリング・エフェメラル」と呼びます。これは分類学的な分け方ではなく、植物の生活形による区別ですので、ユリ科のカタクリやキンポウゲ科のイチリンソウやアズマイチゲなども、「春植物」に含まれます。

本種の仲間は、変種も含めると日本にはおよそ20種類が知られていますが、そのほとんどが高山などの特殊な環境に生育しており、本種のように低地にまで分布する種類は少ないと言えます。園芸店等では多種多様な色・形の外国産のサクラソウの仲間が属名の「プリムラ」の名で販売されており、外国産のものと区別する意図で、本種はしばしば「日本サクラソウ」と呼ばれます。

外国産のサクラソウの仲間は,属名から「プリムラ」と呼ばれ,数多くの種類が流通している。 市民ボランティアによって行われたサクラソウ自生地の山焼き(火入れ)の様子(2014年)。
▲外国産のサクラソウの仲間は,属名から「プリムラ」と呼ばれ、数多くの種類が流通している。 ▲市民ボランティアによって行われたサクラソウ自生地の山焼き(火入れ)の様子(2014年)。

 

本種はかつては日本全国に大群生地があったと言われますが、現在では生育地の環境変化や開発、園芸目的の採取によって全国的に減少し、絶滅が危惧される状況となっています。岡山県内においても、かつては県中部から北部に点々と自生していたとされますが、現在ではかつての自生地のほとんどで姿を消しており、真庭市の蒜山地域などで、地元住民によって行われる「山焼き(火入れ)」によって維持されている半自然草地や、河川沿いなどに小さな集団がかろうじて残存しているに過ぎない状態です。2009年4月には、「岡山県希少野生動植物保護条例」による、指定希少野生動植物とされ、本種の種子を含む採集や損傷が禁止されました。蒜山地域におけるもっとも大きな自生地では、生育環境を保全するために、当園や真庭市の「津黒いきものふれあいの里」などが連携し、市民ボランティアによる山焼きや、草刈りなどの活動を行っています。蒜山地域内に点々と残っている他の自生地については、地元在住の人々で構成されている「蒜山ガイドクラブ」が群落周辺の草刈りをボランティアとして行い、自生地の維持を図っています。山焼きを含め、自生地の保護・保全を長期的に行うために、どのような体制を構築するのかが、現在の課題となっています。

異型花柱性の一例。短花柱花(雄しべが見え,雌しべは見えない) 長花柱花(雌しべが見えるが,雄しべは見えない)
▲異型花柱性の一例。短花柱花(雄しべが見え,雌しべは見えない) ▲長花柱花(雌しべが見えるが,雄しべは見えない)

 

ちなみに1997年に環境省が公表した「第2次レッドリスト」では、本種は「絶滅危惧Ⅱ類」となっていましたが、2007年に公表された「第3次レッドリスト」では、「準絶滅危惧」とされ、ひとつランクが下がりました。これは各地で保全活動が行われるようになり、絶滅の危険性が下がったことによるとされます。(同様の理由でサギソウなどもランクが下がった)。当然ながらランクが下がったからと言って保全のための努力を怠れば、再び絶滅の危険性が高まることになります。

本種は、雌しべの位置と雄しべの位置が異なるタイプの花を持つという性質(異型花柱性)があり、雌しべが長いタイプの花(長花柱花)は、雌しべが短いタイプの花(短花柱花)の花粉で受粉しなければ、種子ができず、逆に短花柱花は長花柱花の花粉でなければ種子ができないような仕組みになっています。これはできるだけタイプの違う株同士で受粉をして近親交配を防ぎ、遺伝的多様性を維持するための植物の工夫ですが、集団が同じタイプの花ばかりになると、種子ができにくくなったり、種子の発芽率が低下するというデメリットもある仕組みです。岡山県では本種の条例指定の際、集団ごとに遺伝子の調査を行いましたが、その結果、ほとんどの集団が栄養繁殖(株分かれ)によって維持されていることが明らかとなりました。このことは、集団が同じタイプの花ばかりになっており、種子生産がほとんど行われていないことを示しています。かつてあちこちにあった集団が減少したことで、集団間の距離が遠くなり、昆虫(主にトラマルハナバチとされる)による集団間での送粉が起こりにくくなっているのではないかと考えられます。

当園では、毎年4月上旬から中旬にかけて園内の湿地内で本種の花を観察することができます。これは現在の新見市産のもので、古屋野前園長が1979年に入手し、栽培しているものですが、もともとの自生地は現在では開発により消滅してしまったということです。

(2021.5.5 改訂)

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