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おかやまの植物事典

トキソウ(ラン科)  Pogonia japonica

環境省第5次レッドリスト(2025):準絶滅危惧 / 岡山県版レッドリスト2025:絶滅危惧Ⅱ類

日当たりが良く、貧栄養な湿地に生育する。 花期は5月中旬頃。 サギソウと共に、湿原保全のシンボルとされることも多い。 花の後方にある3枚は萼片、前方に突き出しているのが花弁。 3裂した唇弁の中裂片の内面やふちには肉質の突起が密生する。
▲日当たりが良く、貧栄養な湿地に生育する。 花期は5月中旬頃。 サギソウと共に、湿原保全のシンボルとされることも多い。 ▲花の後方にある3枚は萼片、前方に突き出しているのが花弁。 3裂した唇弁の中裂片の内面やふちには肉質の突起が密生する。

トキソウは、南西諸島をのぞく日本全国の日当たりが良く、貧栄養な湿地に生育する高さ10~30cm程度の多年草です。 国外では朝鮮半島や中国に分布しています。 純白の花を咲かせるサギソウPecteilis radiata と並び、比較的知名度の高い湿生のランです。 「トキソウ・サギソウ」と一緒に紹介されることも多いためか、当園を訪れる見学者の中には、両種が同時期に咲くものと思われている方も比較的多くおられます(本種の花期は春の大型連休後の5月中旬~6月上旬頃、サギソウの花期は盛夏のお盆頃のため、同時には見られません)。 また、同属の種は少なく、北アメリカと東アジアに4種が知られる(大橋広好・門田裕一ほか編,2015.改訂新版 日本の野生植物1.平凡社.p.225)のみで、日本には本種の他にヤマトキソウ P. minor のみが分布しています。

本種は、サギソウとともに自然(特に湿原)の保護・保全のシンボルとされることも多く、全国各地で生育地の湿地自体を含めた保護・保全活動が盛んに行われるようになった結果、絶滅の危険性が軽減されたとして、第2次レッドリスト(1997年公表)ではサギソウとともに「絶滅危惧Ⅱ類」とされていましたが、第3次レッドリスト(2007年公表)では「準絶滅危惧」にランクが1つ下げられています。 岡山県においては、県北部から県南部まで、県全域の湿地に広く分布していますが、湿原自体が開発や乾燥化などによって減少しており、園芸目的での採集圧も高いと考えられることから、「絶滅危惧Ⅱ類」とされています。

茎の中ほどに長さ4~10cmの披針形あるいは線状長楕円形の葉が1枚、花の基部には長さ2~4cm 葉状の苞が1枚つく。 根茎はサギソウのような球茎はつくらず、横方向に長く伸び途中から新しい芽を出して栄養繁殖を行う。
▲茎の中ほどに長さ4~10cmの披針形あるいは線状長楕円形の葉が1枚、花の基部には長さ2~4cm 葉状の苞が1枚つく。 ▲根茎はサギソウのような球茎はつくらず、横方向に長く伸び途中から新しい芽を出して栄養繁殖を行う。

花は紅紫色、茎の頂部に1個が着きます。 茎の中ほどに、長さ4~10cm、幅7~12cmの披針形あるいは線状長楕円形の葉が1枚付きます。 葉は表裏無毛、基部は細くなって茎を抱くように着いています。 花の基部には、長さ2~4cmで小型の葉状の苞が一枚付いています。 地下には細い根茎が横方向に長く伸びており、途中から新しい芽を出すことで栄養繁殖を行っています。

側花弁に覆われているずい柱を露出させたところ。 ずい柱先端には「葯帽」と呼ばれる覆いがあり、下部は突起となっている。 葯帽は基部が蝶番のようになっており、訪花昆虫が出ていく際にだけ花粉を付着させ、自家受粉を避ける仕組みとなっている。
▲側花弁に覆われているずい柱を露出させたところ。 ずい柱先端には「葯帽」と呼ばれる覆いがあり、下部は突起となっている。 ▲葯帽は基部が蝶番のようになっており、訪花昆虫が出ていく際にだけ花粉を付着させ、自家受粉を避ける仕組みとなっている。

花の構造はシュンラン Cymbidium goeringii などと同様、直立した背萼片と横方向に腕を広げたような側萼片、ずい柱(雄しべと雌しべが合着して1本になったもの)を覆うように前方に突き出している2枚の側花弁、下向きにカールしている唇弁が組み合わさっています。 花にはサギソウなどのような距はありません。 萼片の長さは1.5~2.5cmほど、唇弁は3裂しており、側裂片は側花弁と一緒にずい柱を抱くように上方に立ち上がっており、中裂片は大きくて内面(上面)やふちには肉質の突起が密生しています。 肉質の突起は、中裂片の先端~辺縁部は白色~紅紫色ですが、中心部は黄色を帯びています。 ずい柱の先端にはシュンランなどと同様に花粉塊を覆う「葯帽」がありますが、葯帽は基部が蝶番のような構造になっており、訪花した昆虫が花の奥に潜り込む時には花粉塊が露出しませんが、花から出ていく際に後ずさりすると、葯帽の下部の突起部に引っかかって、葯帽が90°向きを変え、訪花昆虫の背中に花粉を付着させる仕組みになっています。 同じ花の柱頭に花粉が着いて、自家受粉をしてしまうことを避ける仕組みと考えられますが、どのような昆虫が本種の送粉を担っているのかははっきり分かっていないようです。

トキソウの若い果実。 当園では本種の送粉を担う種類の昆虫がいないのか、充実した果実は観察されていない。 ヤマトキソウ P. minor 。 本種より小型で乾き気味の草地に生育し、花はほとんど開かない。 国内のトキソウ属の植物は2種のみ。
▲トキソウの若い果実。 当園では本種の送粉を担う種類の昆虫がいないのか、充実した果実は観察されていない。 ▲ヤマトキソウ P. minor 。 本種より小型で乾き気味の草地に生育し、花はほとんど開かない。 国内のトキソウ属の植物は2種のみ。

花後には長さ3cmほどの紡錘形の蒴果が実る(林弥栄 監修(門田裕一 改訂版監修),2013.増補改訂新版 山渓ハンディ図鑑1 野に咲く花.山と渓谷社. p.60)とされていますが、当園では充実した果実を見つけたことがなく、本種の送粉を担う種類の昆虫がいないのかも知れないと考えています。

和名は、「朱鷺草」で、紅紫色の花色を特別天然記念物の鳥のトキ(朱鷺)の羽の色に例えたものです。 トキは頭部以外は白く、ピンク色の羽のイメージはないかもしれませんが、「朱鷺色」をしているのは翼の下面で、頭上を飛ぶトキを見上げた際には翼の下面を見ることになり、その鮮やかな「朱鷺色」が印象に残り、同じ色味の花を咲かせる本種にその名がついたのであろうと思われます。 また、本種の属名 Pogonia は「髭/芒のある」という意味のギリシャ語 pogonias に由来し、唇弁に肉質の突起が目立つことに由来します。

当園内の湿地に生育する本種は、自生ではなく、高速道路やゴルフ場の開発により消滅してしまった倉敷市内の湿原のものを移植したものですが、現在では湿地全体に広がっており、毎年、多くの花を見ることができるようになっています。

(2025.5.24 改訂)

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